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久しぶりに韓国語+中国語を勉強してみようかなぁ・・・?

2年くらい前に中国の本屋さんで,以下の本を購入していた。

中韓の翻訳に関する本。中国人向けの本です。

www.amazon.cn

 

 

今年の元旦辺りに大掃除のついでに要らない中国語とか韓国語とか,ほかの外国語の本とかをたくさんブックオフに売りまくったり,捨てたりした。

 

それでも,残っている本の一つが中韓翻訳関連の本。

ホント,捨てても捨てても,それでも残る本って,自分にとって興味深い本の証なんだなぁって思う。

 

 

 本の内容をいかに紹介する。

※中国語と韓国語の両方がある程度堪能な方を対象としている本です。一般の日本人は,以下の本を読んでも「???」ってなると思う。中国語を知らない日本人でも中国語の文章はなんとなくイメージはつかめると思うが・・・

 

★表紙

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★表紙の裏

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中→韓,韓→中 の2通りの翻訳テクニックが中国人の立場で書かれている。

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以下画像の例文②が面白い。

「中国と韓国の両方の国は近くて友情が深い」

・・・って日中関係みたいな書き方だね。

実際は中国と韓国の間も仲が悪いだろ!!って思う。

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上記のような例文は日本で出版されている本ではまず見ない。

外国で出版されている文章を読むと、日本ではありえない表現方法が見れる。

これが外国語学習の醍醐味であろう。

 

 

私は上記のような中韓翻訳のようなマニアックな本の内容は,辞書なしでも大体理解できてしまう。さすがに中国人ネイティブレベルの難しい翻訳テクニックとかはわからないが・・・・。私日本人アルヨ。

 

というか,中国語ネイティブの中国人でも,上記の本を読んでも韓国語の意味が分からないと思う。だって中国人にとってはハングル文字が暗号の存在だし。日本人だって韓国語を勉強しないとハングル文字が暗号に見えるでしょ?

 

 

そんな本の内容が理解できる私は改めて語学的に特殊な人間だなぁって実感させられる。しかも中国語や韓国語を母語としない日本人デスヨ

 

 

なお,私は語学、テトリス以外の分野から見たら平凡な人間という自覚を持っている。

外国語ができる=「偉い」ではないからね!!

 

私が外国語を勉強し始めた頃は,外国語がうまくなるだけで「偉くなった!!」って錯覚して、ほかの人に対して威張る態度すらも出してしまったの。

今思うと,その行動は恥ずかしいなぁって思う。昔の外国語が下手だった私は若かったなぁ・・・って思う。

 

 

ところで,私が中国語と韓国語の勉強を始めたのは・・・?

 韓国語・・・2012年 4月

 中国語・・・2012年7月

だから,今(2016年5月)から見て,4年位経ったことになる。

 

なお,語学の能力の参考は以下。本当は語学の能力はあまり計るものではないと思うけど。

中国語・・・中国語検定2級~準1級

韓国語・・・ハングル検定4級~3級

 

 

4年前の私は中国語も韓国語も全く分からなくて,twitterとかで中国人や韓国人のツィートを見ても「なんだこの暗号wwww」みたいな感じで全く読めなかった。

 

 

あれから3年位の間は中国語,韓国語(+ロシア語,古典ギリシャ語)を勉強していた。今は古代西洋言語であるラテン語と古典ギリシャ語のほうに浮気してしまい,中国語と韓国語は全く勉強しなくなった。

 

そんな私でも,今日twitterで久しぶりに中国語とか韓国語で書かれたツィートを読んだんだけど「wwwwなぜか読めるwwww一年も勉強していないのにwwww」

 

読めない箇所があっても,今までの学習経験から「ああ,なんとなく○○の事だなぁ・・・」というセンスを感じることができた。ハングルとか中国語を「暗号」としてはほとんど感じなくなった。

 

 

私はこの4年間で語学的にも、人間的にも成長したなぁって思う。

 

 

私は今は古典ギリシャ語をだらだら勉強している。

※現代ギリシャ語ではありません!!

 

ギリシャ語を初めて一年が経った。とは言っても,ほかの外国語に浮気してギリシャ語を全く勉強しなかった期間が7カ月位なんだけど・・・。今はギリシャ語の初歩的な単語は完全に頭に入ってとりあえず「なんとかギリシャ語の形というものをつかんだ」というレベル。

 

ギリシャ語の格言も色々覚えて,なんかギリシャ語を読むのが楽になった。

アリストテレスとかソークラテスとかアルキメデスとかプラトーンとかいろいろな昔のギリシャのおじさん の名前とスペルも覚えたよ!!

 

 

ギリシャ語の勉強をお休みしている間にロシア語とかラテン語とか勉強していたから,ギリシャ語の数多い格変化も慣れてきた。というか「格変化なんか覚えなくても大体読めるで!!」っていう自信がついた。

 

 

でも,最近はギリシャ語だけでなくて他の外国語も勉強してみたい!!って思うようになった。きっかけは何だろう・・・?

 

4年間,外国語勉強を続けていた日々に飽きてしまって,なんか他のことがやりたくなった。私は昔はゲームが好きだった。だから,奮発してPS3とか3DSとかPSPを購入してぷよぷよとかパワプロをやり始めたのが,私の考え方を変えたきっかけなのだろうか・・・?

 

 

色々ゲームをやってみると,なんか自分でも気づかなかったことに気づくことがあるよね。

正直言うと,今の私がゲームをやっても「楽しめない」!!

なんで楽しめないんだろう・・・・?私が子供の頃は,ゲームに夢中になって無駄な事なんて考える暇すらなかったのに・・・・なんで今はゲームを楽しめなくなったんだろう・・・?って思った。

 

 

私にとっての楽しい事は何か?

 

そこで思い出したのが私が学んだ古典ギリシャ語の格言

「何が人生か?何が快楽か?黄金のアプロディーテーがなくては」

 

 

人生とはいったい何か?

人生は楽しむもの。それはわかっている。

でも,私にとって何が楽しいんだろう・・・?と,いつも考えるようになった。

「何が楽しいんだろう・・?」って考える事自体がおかしいのかもしれないが。

本来、楽しいならば「楽しい」って思う暇もないはず。

 

 

でも,私が外国語を読めるようになったときの感動は「楽しい!!」「うれしい!!」では言い表せない物だった。

私は,自分が成長したことに喜びを感じる人間なのだろうか?

 

 

今は,漢検準一級の本にも手を出してしまい,今は三日坊主である。

漢検の本って1200円と安いんだけど,なんというか,2,3ページやると飽きる。

漢検の例文って、確かに母語の日本語なんだけど「こんな例文どこで出るんだよ!!」「まるで死んだ日本語」で,あまり漢検の勉強は楽しめない・・・・

 

 

漢検準一級の漢字って中国語と結びつけて勉強したら面白そうかなと思った。

例えば漢検の四字熟語とかを,日中韓3言語で表現した場合どうなるんだろうってネットでggって調べるとか。

 

 

ああ,私って「語学に関して色々知る事が好き」な人間なんだなぁって思う。

 

 

 

例を以下に挙げる。

私がラテン語を勉強した時,「SPQR」っていう言葉を学んで「面白い!!」って思えた。  

「SPQR」っていうアルファベット4文字の並びは、ラテン語にある程度堪能な方なら常識だと思う。「SPQR」=「Senator PopulusQue Romana」の略語だよね?

 

現在のイタリアのマンホールとかでの文字に「SPQR」という文字が刻まれているらしい。本ではそう書かれていたけど,本当かどうかは知らない。

 

 

私はイタリアに行ったことはないけど、イタリアに行って,ローマの町中を歩いている時に「SPQR」というマンホールを見た状況を仮定する。

 

もし私がラテン語を知らなかったら・・・

「へぇ~イタリアのマンホールってSPQR(エスピーキューアール)って書くんだー」

という小並感の感情しか抱かないだろう。

 

しかし、今の私はラテン語にある程度堪能である。なので,「SPQR」と書かれたマンホールを見ると・・・

「おお!!このマンホールを見ると古代ローマの風景をイメージするぞ!!たったの4文字のアルファベットでこんなに古代ローマの風景を掻き立てる素晴らしいマンホールがイタリアのローマにあるんだ!!記念に写真撮影しておこう。」

 

という語学マニア並の興奮をすると思う。

 

 

 これが私の「成長」に対する喜びである。それは人生を楽しむことにつながる。他の人から認めてもらうとか,そういう物じゃなくって,私が今まで見えなかった世界が見えるようになるってこと。

 

 

 

 

これまで中国語や韓国語の話から脱線し過ぎたか・・・・

 

 

最近あった他の例として・・

私が中国語を勉強することで「簡体字」と「繁体字」の違いをマニア並に説明できるようになった状態である。

すると,たまたまPC関連の作業をするときにパソコンの言語設定とか,インストール言語とかでよく出てくる「Simplified Chinese」と「Traditional Chinese」の違いもはっきりわかる。

「ああ~このインストーラーって台湾の人も中国本土の人も両方使うんだねー」と頭の中で想像して一人でニヤニヤできるようなった。

 

 

 

「そういえば私って昔は中国語を楽しく勉強していたなぁ・・・・」

と振り返るようになった。

 

「なぜ今は中国語の勉強が苦痛になったんだろう・・・・?単に中国語の力を伸ばす為だけにとらわれ過ぎてしまったのだろうねー」

 

中国語に限らないんだけど,ある分野にある程度長けすぎると天狗になるのよね。

そして自分を追いつめてしまうことになる。

しかし,いったん中国語をやめると気が楽になった。

 

中国語をやめて一年以上たつと,中国語に対する見方が変わってきた。

「本来,中国語は所詮は母語じゃないんだから完璧な中国語を扱えなくてもいいんだー」って開き直るようになった。

 

要は外国語に完璧を求めなくなった。

外国語は,所詮は楽しむためのツールの1つにすぎない!!って思うようになった。

中国語や韓国語は人生を楽しむための道具!!って考えよう!!

という私になった。

 

 

そして、今は,なんかよくわからないけど韓国語と中国語の勉強がしたくなってきた。

しかし、昔私が使っていた大量の中国語や韓国語のテキストやノードはほぼすべて捨ててしまった。

残ったのが中国語と韓国語だけで書かれた漫画とかの本。

 

 

その中で「そういえばこういう特殊すぎる本も捨てずに残していたなぁ・・・」

って思い出したのがこの記事の冒頭でも紹介した以下の本。

www.amazon.cn

 

 

おっしゃ!!

ワイ,今後は中韓翻訳を極めたろか!!

 

と思いつつ、本を閉じて寝るのであった。

だってもう夜11時半だもん。明日は休日だけど夜更かしは良くないよ!!