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昔の恋愛の忘れ方

独り言



私は恋愛を忘れることに関して長い間ずっと考えていた。その時期はつらかったけど,今から考えると悩むのも楽しかったなぁって思う


私は今は過去の恋愛に関して未練はもうない。確かに過去の恋愛は忘れられないのだが,私が好きになってしまった相手のことがどうでもよくなってきた。私の異性である以前にただの人間である。私が好きになった人は人間以前に欲望を満たすことしか考えない野獣,動物的な存在である。


私が好きだった人もまた然り。私が好きになった人も100%野獣的な面がある。自分さえよければそれでいいという考え方が必ずあるはず。


私が好きだった人を卑下しているわけではない。人間はみな野獣的な存在だとわかってくると恋することがどうでもよくなる。恋っていうのは本能によってとらわれた感情に過ぎないってね。本能的に行動するのが悪いってわけじゃない。本能に従って行動した結果,生まれる後悔があるから私は恋愛という感情にとらわれなくなった。


人間は誰もが年を取る。年をとると,異性に対する魅力がなくなる。私が好きになった人も今ではもう年を取ってただの老人に近づきつつあるだろう。そんな人を一生愛せると思うかな?私は愛せない。私はやっぱり若い人のほうが異性として魅力が大きい。


人間の感情ってそういうもんかーって恋愛を通して学んだ。その「そういうもんかー」に気づくのに何年かかったんだろう?


人間って本来は感情にしたがって行動する生き物だから,ぶっちゃけ自分の好きな人であろうが根本は野獣,動物的な存在。いくら外面を着飾って異性を引き付けようとしても,中身は変えられない。なんかなぁ,日本人は外面ばかり繕って異性の目を引き付けようと頑張りすぎている気がする。外面ばかり繕って中身を隠し続けてもいつかはボロがでて異性としての魅力を失ってしまい,異性が離れる。その繰り返しが恋愛ではなかろうか?


恋愛っていうのは所詮は異性とのだましあい。いかにして自分がカッコイイ、キレイと相手に思わせて,その時の「承認欲」を満たしているに過ぎないかなって思う。相手をだまして自分の虜にした結果どうなる?一度手に入れてしまったものを使ってどうするの?何するの?あーんなことやこーんなことをするだけなのか?


そして飽きたらポイなのか?


別の例でたとえると,フィギュア人形を買う感情と似ている。どうしてもほしい限定フィギュアがあって,努力した結果,やっと買えた。で,その後はどうするの?ほかの人に自慢するの?じーーっと眺めているの?

そういう「モノ」が手に入った後になると急に冷めてくる。要は飽きるんだよね。


恋愛でも、異性が手に入ったとたん,手に入れるまでのだましあいという努力が実ったーってなってこの後はいったいどうするのか?一緒にいて楽しいのか?ずっと24時間一緒にいられるのか?徐々に相手のことがうざくなって結局は別れる運命にある。

 

私が仕事から帰る途中でたまに高校生のカップルを目にする。私は別に不愉快とは思わない。私も若いころはそういう恋愛のことを知らなかった人間だから「いつかはわかるさー」って思ってスルーしている。べつにカップルでうらやましいとも思わない。むしろカップルができることで,破局の爆弾を抱えていることになる。私の予想では高校生のカップルは短くて一週間程度,長くても1年くらいで相手の事が覚めて別れたくなると考えるだろう。そのとき私は心の中で「プギャーwww」って叫ぶんですけどね。

 

古典ギリシャ語でも「結婚することで後悔へと向かっている」「結婚は必要悪である」等,恋愛に関するマイナス面の名言がたくさんある。


私は年を取り,恋愛が何かわかってきて過去の恋愛がどうでもよくなり,古典ギリシャ語やラテン語の恋愛に関する格言を読むと「あー,その気持ちわかるわー」ってなる。

 


本題に戻るが,「過去の恋愛の忘れ方」なんてものはない。というか無理。過去に好きになってしまった人がいると,その人を何度も考えてしまい,脳では大切な情報だと認識して長期記憶へ格納されてしまう。勉強と同じで,何回も考えたことはなかなか忘れない。好きな人なんだから,ずーっとずーっと考えているはず。だから一度好きになってしまうと,その人の事はたぶん死ぬまで忘れられないほど永久に脳に記憶されていると思う。


「恋愛の忘れ方」なんてうまい話はないが,「過去の恋愛をどうでもよい記憶にする方法」ならたくさんあるはず。ネットでggればたくさん出るんだろうけど,その中で「新たな恋をする」っていうのは爆弾的な意見でやめたほうがいいんじゃね?って思う。世の中正しい論なんてないから私は否定しないけどね。というかどうでもいい意見だねぇ・・・で流します。

 

「過去の恋愛をどうでもよい記憶にする方法」に関して,私は以下のように考える。恋愛以前に人間の本質を考えたことはあるのか?って。逆にほかの人が自分の事を好きになったっていう状況を考えよう。自分は相手が描く理想の人間になっている?まさかなっている人なんていないよね?白馬の王子さまなんていう人は世の中にいません。人間はだれもが自分の欲求をできるだけ満たすために生きている動物である。自分自身が素晴らしい聖人的な行動をしていたらそれはそれでやばいですよ


それは自分が好きになってしまった相手でも同じ。好きになったというのは,その人の「いい面」しか見えていないだけ。もしくは良い面を過大評価しているだけ。「あばたもえくぼ」っていうことわざがある。中国語では「情人眼里出西施」という言葉がある。自分が好きになってしまった人は日本の美人小町(中国版なら西施)のように見えてしまう。ほかの人から見るとただの異性にしかすぎないのに・・・。

 

恋愛っていうのは,単に自分の脳みそによって特定の人間を非常に良く見えるように仕組まれているだけにすぎない。そういう脳みその本能によって束縛された結果が恋と考える。すると,いままでの恋は脳みそによって束縛されていたにすぎなかったのか!!と考えれば,過去の恋愛なんてどうでもよくなる。恋愛っていうのは所詮は脳が敏感に反応してしまった人間を知ってしまったに過ぎないものなの。一旦失恋してもまた新たに好きな人ができてしまう。好きな人なんて脳でいくらでも作り出せるんだよ。

 

好きな人なんて何人でも何十人でも何百人でも作れる。地球の人口は今は70億人超えたから,単純に異性人口だけでも35億人いる。
だから好きな人が何百万人できるっていうのも不思議ではない。人間の脳ってそんなもんだから。

 

日本人は、異性を引き付けるためにいろいろ外面を繕ってだましている。異性に対して好きになってほしいだけにすぎない。そんな人が日本だけで1億もいるんだよ。いや,そういうだますのが好きな人は若者だから,それで考えても500万人以上は軽くいるだろう。


ぎょうーざんいるわぁ。自分が好きになる異性なんてたっくさぁーんいるんだぁー。しあわせ~なのかなぁ?

 

何度も恋愛と失恋を繰り返しているだけに過ぎない。そのうち、恋愛をするのがめんどくさいってわかってくると思う。その面倒っていうのが分かってくると,人の目を気にしなくなり,自分を良く見せようとする努力をしなくなり人生が楽になると思うよ。


恋愛をどうでもいいものにしろ!!って強引には言えない。だって恋愛をするからこそ子孫ができるわけだし,それは仕方がない。人間はいままで恋愛をしてきたからこそ繁栄しているわけ。

 

でも逆に本能に逆らって目先の快感を得る事を避けるかわりに,遠い未来の後悔を避け,楽に生きるっていうのも一つの方法だよ。私みたいに。

私ってマイペースすぎるのかなぁ。飲食店とかでほかの人と一緒にごはんを食べる感情が私には理解できないんだ。なんでごはん食べるときまで相手に会わせないといけないの?自分のペースで食べたほうがおいしいじゃん!!って思うんだ。

恋愛がどうでもよくなるっていうのは,マイペースになるっていうこととつながるかもね。