読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

特定の分野にある程度長けると天狗になりがち


特定の分野にある程度長けると天狗になりがち


ーーーーーーーーーー

テトリスとか外国語学習とかに限らないけど
コツコツ努力して一般人から見てはるかに実力を身に着けていると
自分で明らかに実感し始めたあたりから天狗になるのよね。

私もそうだった。
歴史は繰り返される。

 


以下面白い記事があったので紹介する。
多言語学習に関していろいろ面白いコラムがある
http://gontama29.hatenablog.com/entry/2013/08/31/171556

自分も多言語学習経験があるから,共感できるところがたくさんあった。
そして,「昔の自分もこうだったなー。懐かしい」という記憶が思い出された。

 

一番印象に残った記事は以下。

以下抜粋
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
英語を覚えると偉そうになる人がいます

1.自分の英語がネイティブレベルと錯覚
2.英語圏以外の国にいる時、英語で話しかけ、わからない人を馬鹿にする(冷笑を含んだため息をつく)
3.しかし、ネイティブと話すのは恐れる
4.外国賛美・自国卑下
5.他人の英語を評論「ネイティブはそういう言い方をしない」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
抜粋 以上


あー自分も昔中国語検定2級に合格したあたりから
そう思って偉そうな態度していたわwwwww

 


昔の自分が当てはまっていたのは2,3,4だな。
私の場合は中国語Verです。

>2.英語圏以外の国にいる時、英語で話しかけ、わからない人を馬鹿にする(冷笑を含んだため息をつく)
 →日本のある展示場所があって,出口に来客のコメントを自由に記入するノートがあった。私は中国語で感想を書いてしまった。その展示は一切中国と関係ないのに・・・

>3.しかし、ネイティブと話すのは恐れる
 →中国人から日本語で「お前の中国語へたくそ」と言われて以来
  中国人と話すのを避けるようになった

>4.外国賛美・自国卑下
 →日本の歴史はクソ。日本の文化は中国のパクリって思っていた。

 


そういう「天狗になる」現象は,外国語学習をやったことのある人なら
誰でもあると思う。
だって日本人なのに外国語が読めるっていうのは,ほかの人にはできないことだし。
ほかの人ができないことが自分だけできちゃうと優越感を持ってしまい,
それになれると天狗になるのよね。
(外国語に限らず,テトリスとかほかの分野でもいえる事なのだが)


でも天狗になる時期がある程度長くなると
自分が天狗になること自体がどうでもよくなってくる。
なぜどうでもよくなるのかというと,
自分はほかの人にはできないことができるという優越感を持つことが当たり前になり,
それがじぶんにとっては普通の事だと考えるようになる。
すると,ほかの人といちいち比べるのが面倒,馬鹿馬鹿しくなる。


その「自分にとっては普通」という考えを持ったあたりで,
過去に天狗になっていた時期を乗り越えたことになると思う。

そういう人こそ,ある分野の上級者と言えるのではないだろうか?
(自分は初心者,中級者,上級者と線引きしたくないが,あくまで比喩として上級者という言葉を用いた。)

比喩としてまとめると以下

初心者 始めたばかりでいろいろなことを覚えて自分の成長が実感できる段階
中級者 ほかの人にはできないことが簡単にできるようになり,天狗になる時期
上級者 天狗引退。特定の分野を悟り始める。他人からの評価を気にしなくなる

 

天狗になると,まわりが見えなくなってしまうのよね。
自分が世界の中心だと思って知らず知らずのうちに周りの人からはうざがられる存在になる。

 


私がテトリスやっていたときもそうだった。
テトリスがぐんぐん伸びてきたあたりから私は天狗になった。

天狗になったせいか,他人のテトリス動画みて,
「へたくそな置き方,なんだこのおきミスwwww。俺ならこう置くぞ!!」
みたいな批判的な考えを持つようになってしまった。


しかし,テトリスの世界は広くて
自分よりも上には上がいて,何度も天狗をへし折られた。
天狗へし折られても時間がたつとまた天狗に戻った。

それを何度も繰り返すうちに,テトリスが嫌になってずっとテトリスをやらなくなった。すると,なぜかテトリスに対する考え方が変わった。
自分がテトリスが強い事自体がどうでもよくなってきた。
べつに威張れるわけでもないし,威張りたいとも思わなくなった。


今の私は精神的には天狗を引退した意味で「テトリス上級者」になったのだろう
テトリス実力は別にして。

 

今のテトリス世界一プレイヤーはheborisMaiという人だと思う。
(私はテトリス関連のニュースblog,ニコニコ動画放送とか見ないので良くわからない。)

その人ですら,「自分のテトリスは強くない」と自称しているらしい。

heborisMaiさんに対して私からの観点で言わせてもらうと,
「自分のテトリスは強くない」というのは日本人の大好きな謙虚ではないことはわかる
日本人の大好きな謙虚というのは,相手に褒められることを期待して自分はあえて実力がないかのようにふるまう。能ある鷹は爪を隠すふるまいを意図的にとっているだけ


heborisMaiさんも私のように一時的に天狗になっていた時期があったと思う
でも,たくさんの相手と対戦したりとかテトラーからのしつこいテトリスプレイ称賛を腐るほど経験するうちに,heborisMaiさん自身の立ち位置がどういうものかわかってきて
「ああ,自分はただのテトリスプレイヤーの一人なんだ」と感じていると思う。


多分heborisMaiさんはほかのテトリスプレイヤーから「テトリス強いですね」のような言葉を言ってくる人がめんどくさいと思っているんじゃないかな。
まぁ,heborisMaiさんはテトリス世界一だから,周りの人からそういう扱うを受けるのが当然だろうけど。

 

そう考えると,テトリスのトッププレイヤーになる事自体がばかばかしくなるよね。
テトリスのトップになるためにテトリスするんじゃなくって,
「楽しい」からテトリスすべきなんだよね。

heborisMaiさんとか格闘ゲームのウメハラさんも
きっと「楽しい」からゲームをたくさんやった。
その結果「世界一」になった。それだけのことだと思う。

その過程で天狗になる等,色々大変な思いをされたと思う。

 


話は戻るが,
「特定の分野にある程度長けると天狗になりがち」
は,人間の性なので,天狗になること自体は仕方がない。
私の周りの人で天狗になっている人を見かけたら
「ああ,自分もそんな時期あったなー」って思って優しい目で見てあげます。
天狗になっている人はたいして実力ないからwwww

 

大切なのは,「楽しくなくなったらやめる」に尽きる。

「自分が威張れる天狗状態を維持するために続ける」のは体に良くない。
まぁ,天狗になった人は自分は天狗って思わないから
天狗になっていること自体気づかないだろうけど。
天狗になっている人は天狗に関するブログ読んでも「自分は天狗じゃない!!」って否定するからね

楽しくないことを延々と続けるのは人生の時間をむだにしているだけだから。